2004年4月2日。落合竜の船出は前代未聞の開幕投手であった。
中日に来て3年間一軍登板なしの川崎憲次郎の起用である。
川崎は結果は出すことが出来なかったが、チームは粘って逆転し、勝利を修めた。
今後も語り継がれるであろう開幕戦の記録である。
同様に開幕戦にもいろいろなドラマがあったのである。
過去一番開幕投手を多く務めたのは、
戦前戦後と活躍した森井茂の6回である。
小松辰雄の5回がそれに続く。
4年連続開幕投手は小川健太郎と今中慎二。
小川はそのうち2回はつないだ板東により勝ちを消されている。
開幕戦というのは140分の1ともそれ以上に重要とも言われる。
もちろん監督や選手個々にも感じ方は違うだろうが、
その開幕で躓いたがタメにガタガタと落ちていったのが1964年であった。
開幕戦は河村保彦の先発で7失点の負けを喫したが、開幕カード大洋3連戦は
被安打40、30失点とめった打ち。そのショックから立ち直る気配も見せずにチームは最下位に沈んだ。
それと対照的だったのが、1999年。5投手をつぎ込み逆転勝ちで開幕戦をモノにすると、
そのままなんと11連勝。一気に優勝まで突っ走った。
開幕勝利は伊奈努が3勝でドラゴンズの勝ち頭である。
だが、開幕勝利と言えば森田幸一を忘れてはいけない。
ルーキー1年目の開幕戦に登板し、逆転勝ちにより勝利投手が転がり込んできた。
この年はリリーフエースとして新人王を獲得する。
そして翌年の開幕戦もまたもリリーフで勝利投手。
南海杉浦以来史上二人目の新人から開幕2連勝であった。
開幕からケガをしてしまう選手もいる。
1980年は開幕戦にトップのベテラン高木が自打球を左足に当ていきなり戦線離脱。
チームの柱がいきなり消えたのだからただの戦力低下ではない。
このシーズンは開幕6連敗。最下位となった。
2年後の1982年。この年の開幕戦も開幕投手、ローテの柱と期待された
小松辰雄がいきなり右足を痛め戦線離脱した。
だが、この年は都裕次郎、郭源治が台頭。
優勝決定戦前の小松と近藤監督との有名なエピソードにつながるのである。
そして今年の川崎憲次郎の起用。
解説者となった星野仙一に「ウケを狙いすぎ。ファンに対して失礼。」
とまで言わしめたこの開幕戦。
ファンの間でも登板の是非はいろいろあるだろうが、
その雑音に耳を貸さず、川崎にはぜひともローテ入りをしてもらい、
カムバック賞の獲得。ひいては優勝になくてはならない働きを期待したい。
(コマンチ@管理人:2004/04/05)