50年代、60年代のドラゴンズは球界屈指の走塁集団であった。
しかし、最近のドラゴンズは塁を盗むという行為に関しては
目立った選手が出てこないのが現状である。
ドラゴンズの足の速い選手・・といえば誰を思い浮かべるだろうか。
高木守道、中利夫、平野謙。最近では清水雅治、李鍾範、大西崇之といったところか。
通算盗塁数(2002/11現在)
| 順 | 名前 | チーム | 盗塁数 |
| 1 | 福本豊 | 阪急 | 1065 |
| 2 | 広瀬叔功 | 南海 | 596 |
| 3 | 柴田勲 | 読売 | 579 |
| 11 | 高木守道 | 中日 | 369 |
| 15 | 中利夫 | 中日 | 347 |
| 16 | 坪内道典 | 中日・他 | 344 |
個人通算盗塁数は11位に高木、15位に中が位置する。
チーム内のシーズン盗塁記録も1960年の中と1963年の高木が共に50で分け合っている。
その年は両名ともタイトルを獲得した。
中日の盗塁王
| 年 | 名前 | 盗塁数 |
| 1940 | 石田政良 | 32 |
| 1955 | 本多逸郎 | 42 |
| 1958 | 岡嶋博治 | 47 |
| 1959 | 岡嶋博治 | 41 |
| 1960 | 中利夫 | 50 |
| 1962 | 河野旭輝 | 26 |
| 1963 | 高木守道 | 50 |
| 1965 | 高木守道 | 44 |
| 1973 | 高木守道 | 28 |
| 1986 | 平野謙 | 48 |
ここ近年は平野謙が1986年にタイトルを獲得して以来、
ドラゴンズには盗塁王のタイトルは無縁である。
1993年に至ってはチームのシーズン盗塁数が29とシーズンチーム盗塁数の
最低タイ記録をマークし、パの盗塁王大石(近)一人の盗塁31にも及ばなかった。
盗塁死31を含め、盗塁企図数60ではこの数字もうなづけるだろうか。
ちなみにこの年のチーム内盗塁内訳は、種田10、立浪・清水6、パウエル3、
残りは盗塁1が4人であった。
1952年6月3日。今でも破られていない盗塁記録が作られた。
1試合6盗塁である。
大洋戦ダブルヘッダーの2試合目。この年8番センターとしてレギュラーを勝ち取った
山崎善平が二盗1、三盗3、本盗2を成功させた。
その後5盗塁した選手は4人いたものの、6盗塁は実現されなかったが、
1989年10月16日に正田耕三(広島)にタイ記録とされる。
献上したのはドラゴンズである。7回に二盗でタイ記録とした正田であったが、
日本記録を試みた三盗は中村武志が阻み、ドラゴンズの記録を守ったのである。
中日が持つ盗塁に関する珍記録としては、
1948年に山本尚敏が記録した1イニング二盗2回というものがある。
この年代走として20盗塁(当時日本記録)している山本は
7月5日の阪急戦の8回、先頭打者が出塁すると
さっそく代走に出され二盗成功。4点挙げた後、二死一・二塁で回ってきた打席にて
中前打を放つと再び二盗に成功した。
この記録は球界唯一の記録である。
昨季はリーグ最小盗塁数。今季はリーグ5位。
機動力にいささか不安のあるドラゴンズ。
期待は、今季チームトップの荒木。代走家業からの脱皮を図る大西。
昨季盗塁死王の井端。売り出し中の蔵本など。
走る野球にも期待したいものである。
(コマンチ@管理人:2002/11/05)