背番号57。入団時につけることの多い数字の大きな背番号だが、ドラゴンズでは出世ナンバーとなっている。例外もいるが、この番号をつけた選手は活躍する傾向にあると思われる。
1953年、ドラゴンズ史上最初に「57」をつけたのは後に名スタッフとなった足木敏郎であった。だが、1試合の出場(しかも不正出場!)に終わった。
翌年「57」を背負ったのは石川緑だった。背負ったのは2年間のみであったが、後に下手投げに改造し13勝を挙げ、出世第1号となる。
次に背負った酒井敏明は背番号変更後に2番手捕手として通算301試合に出場するが、その後は大成した選手は長年出なかった。
「57」を出世番号として確立したのは1979年に投手として入団した平野謙であった。
投手としては大成しなかったが、外野手転向3年目にスタメンを奪い取り、犠打のスペシャリストとしてなくてはならない選手となると背番号「3」に変更した。
平野の背番号を受け継いだのが高卒ルーキーの彦野利勝であった。
3年目に1軍初出場を果たすと、1988年の優勝時には1番センターとして優勝に貢献し、翌年には1番打者として26本塁打を放った。
後、背番号「8」に変更した。
1993年にこの番号を背負ったのは野口茂樹である。「57」を背負った2年間では勝ち星を挙げれなかったが、「47」への変更後はノーヒットノーランを達成し、1999年の優勝時にはMVPをも獲得した。
1999年からは蔵本英智が「57」を背負う。昨シーズン(2002年)には1軍にも定着した。
得意の足と強肩を売りに出世は目前である。
(コマンチ@管理人:2003/02/09)