| 1955年(昭和30年)-中日ドラゴンズ |
| 監督 |
野口明
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| 二軍監督 |
宮坂達雄
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| 開幕投手 |
石川克彦
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| 観客動員数 |
1,255,725人
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1試合平均 |
19,319人
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1955年選手名鑑 |
投手成績 |
打撃成績 |
| 順 |
チーム |
試 |
勝 |
負 |
分 |
率 |
差 |
| 1 |
巨人 |
130 |
92 |
37 |
1 |
.7132 |
-
|
| 2 |
中日 |
130 |
77 |
52 |
1 |
.5969 |
15.0
|
| 3 |
阪神 |
130 |
71 |
57 |
2 |
.5547 |
20.5
|
| 4 |
広島 |
130 |
58 |
70 |
2 |
.4531 |
33.5
|
| 5 |
国鉄 |
130 |
57 |
71 |
2 |
.4453 |
34.5
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| 6 |
大洋 |
130 |
31 |
99 |
0 |
.2385 |
61.5
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突然の監督交代で新監督に野口明コーチが昇格。昨年の日本一により、今季も優勝候補一番手との前評判でのシーズンインだった。
しかし、開幕から一進一退を繰り返し、 5月10日国鉄戦で杉下茂がノーヒットノーランを達成するなどしたが、前半戦終了時には首位巨人に9.5ゲーム差。
ところが前年の覇者はここからが違った。
球宴直後の7月28日の巨人戦から8月18日の大洋戦まで、破竹の15連勝。もちろん球団新記録である。巨人にも3ゲーム差まで詰め寄った。
だが9月以降は黒星が先行し、結局、優勝した巨人には15ゲーム差をつけられ、2位でシーズンを終えた。
また、この年、ウェスタンリーグが中日、南海、阪神、阪急、近鉄、広島、西鉄の7球団のファームで結成された。初代王者は阪神。田原藤太郎が6勝で初代最多勝を獲得した。
(コマンチ@管理人:2003/02/09)