| 1969年(昭和44年)-中日ドラゴンズ |
| 監督 |
水原茂
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| 二軍ヘッド |
本多逸郎
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| 開幕投手 |
小川健太郎
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| 観客動員数 |
966,500人
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1試合平均 |
14,869人
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1969年選手名鑑 |
投手成績 |
打撃成績 |
入退団選手 |
| 順 |
チーム |
試 |
勝 |
負 |
分 |
率 |
差 |
| 1 |
巨人 |
130 |
73 |
51 |
6 |
.5887 |
-
|
| 2 |
阪神 |
130 |
68 |
59 |
3 |
.5354 |
6.5
|
| 3 |
大洋 |
130 |
61 |
61 |
8 |
.5000 |
11.0
|
| 4 |
中日 |
130 |
59 |
65 |
6 |
.4758 |
14.0
|
| 5 |
アトムズ |
130 |
58 |
69 |
3 |
.4567 |
16.5
|
| 6 |
広島 |
130 |
56 |
70 |
4 |
.4444 |
18.0
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前年の最下位からコーチ陣は一新。
監督には勝負師・水原茂を招聘。ヘッドコーチにはこれまた元巨人の宇野光雄。その他大島信雄、森下整鎮らが加わる。
開幕カード対広島2戦目にシーズン初勝利するが、3戦目からは6連敗とスタートにつまずいた。しかし、その後6連勝を2度するなど徐々に調子は上がり、前半戦は3位で終える。
後半戦は黒星が先行。一時は最下位にまで転落する。
だが、8月末からは1分をはさんでの10連勝など追い込みをかけるも首位巨人との差は大きく、何とか4位に食い込むのが精一杯であった。
巨人・東映で名将ぶりを発揮した水原は監督生活で初のBクラスとなる。
この年20勝を挙げ、エースとしてチームを引っ張っていたのは小川健太郎であった。
だが、巨人・王はまったく抑えることができなかった。
その小川が6月15日に後楽園球場で迎えた王の打席。なんと振り上げた腕をそのまま腰に回し、背面からボールを投げ込んだ。俗に言う小川の背面投げである。
その後、8月31日、10月19日の対王の打席でも背面投げを見せたが、その投球に関しては賛否両論であった。
ウェスタンリーグでは最高勝率のタイトルを水谷則博が獲得した。
(コマンチ@管理人:2004/09/22)