| 1981年(昭和56年)-中日ドラゴンズ |
| 監督 |
近藤貞雄
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| 二軍チーフ |
井手峻
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| 開幕投手 |
三沢淳
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| 観客動員数 |
1,580,000人
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1試合平均 |
24,308人
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1981年選手名鑑 |
投手成績 |
打撃成績 |
入退団選手 |
| 順 |
チーム |
試 |
勝 |
負 |
分 |
率 |
差 |
| 1 |
巨人 |
130 |
73 |
48 |
9 |
.6033 |
-
|
| 2 |
広島 |
130 |
67 |
54 |
9 |
.5537 |
6.0
|
| 3 |
阪神 |
130 |
67 |
58 |
5 |
.5360 |
8.0
|
| 4 |
ヤクルト |
130 |
56 |
58 |
16 |
.4912 |
13.5
|
| 5 |
中日 |
130 |
58 |
65 |
7 |
.4715 |
16.0
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| 6 |
大洋 |
130 |
42 |
80 |
8 |
.3443 |
31.5
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ドラフトでプリンスホテルの中尾孝義を1位指名で獲得。新外国人にスパイクス。井上弘昭を放出して日本ハムから富田勝を獲得するなど精力的に補強。そのまま4月は15勝4敗のハイペースで疾走する。
だがあまりの独走ぶりに、他球団のマークも厳しくなり、快進撃はストップ。
5月中旬に5連敗。続く下旬から6月初めにかけて8連敗と3位に後退。
頼みの投手陣にもかげりが出て、月を追うごとに順位を落とし7月に入って4位、5位となる。
8月中旬の広島3連戦(ナゴヤ球場)では、3試合連続完封負けをするなど、落ち込みが激しかった。
そして8月26日巨人戦で宇野勝ヘディング事件が起こった。
結局5位に終わったが、巨人のナゴヤ球場での胴上げを阻止し、 12勝11敗3分と勝ち越し。ルーキーの曽田が完封勝利を挙げ、後半戦に台湾からの助っ人、郭源治がデビューするなど明るい話題もあった。
(コマンチ@管理人:2001/12/23)