| 1989年(平成1年)-中日ドラゴンズ |
| 監督 |
星野仙一
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| 二軍監督 |
岡田英津也
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| 開幕投手 |
小野和幸
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| 観客動員数 |
2,009,000人
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1試合平均 |
30,908人
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1989年選手名鑑 |
投手成績 |
打撃成績 |
入退団選手 |
| 順 |
チーム |
試 |
勝 |
負 |
分 |
率 |
差 |
| 1 |
巨人 |
130 |
84 |
44 |
2 |
.6563 |
-
|
| 2 |
広島 |
130 |
73 |
51 |
6 |
.5887 |
9.0
|
| 3 |
中日 |
130 |
68 |
59 |
3 |
.5354 |
15.5
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| 4 |
ヤクルト |
130 |
55 |
72 |
3 |
.4331 |
28.5
|
| 5 |
阪神 |
130 |
54 |
75 |
1 |
.4186 |
30.5
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| 6 |
大洋 |
130 |
47 |
80 |
3 |
.3701 |
36.5
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星野のトレードはこの年も続いた。中村の台頭で正捕手の座を追われた中尾とかつての巨人のエース西本とのトレードである。
また、オープン戦は打ちまくり優勝候補の筆頭であった。
その連覇を目指した星野竜だったが、開幕から故障者が続出した。新外国人ジョージ、立浪が早々とリタイア。投手陣も小松が右腕痛、郭も左太ももを痛め戦線離脱。前年最多勝の小野は絶不調で全く勝てない。
打線もチャンスに併殺打の連続。 6月25日から3試合連続の完封負けで借金9となり、最下位大洋と0.5ゲーム差の5位。首位巨人とは16ゲーム差がついていた。
だが、7月に入ると投手陣が復調した。
米国留学から急遽帰国した川畑が好投。山本も立ち直り左のエースとして活躍。郭も復帰し、移籍1年目の西本が順調に勝ち星を重ねエースにのし上がった。
5日から6連勝し、18日に借金完済。7月は15勝5敗と盛り返した。
8月も好調を維持し、11日に郭がセーブを挙げ連続試合SP12の日本タイ(当時)。
上位に対しては好調で、広島に7連勝すれば、巨人にも7連勝を挙げる。
8月12日巨人20回戦。9回1死まで巨人斎藤の前にノーヒット。ここから、斎藤の夢を打ち砕く代打音の右翼線二塁打。彦野凡退も川又四球、仁村徹のタイムリーで完封も逃れ、最後は落合の奇跡の逆転サヨナラ3ランを呼び込んだ。
8月も15勝7敗1分と巻き返したが、前半戦の不振が響き、 3位につけるのが精一杯であった。
西本がチームとしては1974年松本以来15年ぶりの20勝を挙げ最多勝。落合は西本が投げる試合で9本塁打と相性のよさを見せ、打点王に輝き、移籍後初タイトルを奪取した。
ウェスタンリーグでは山崎武司が本塁打、打点の2冠。宮下昌己が最高勝率のタイトルを獲得した。
(コマンチ@管理人:2005/06/11)