| 1993年(平成5年)-中日ドラゴンズ |
| 監督 |
高木守道
|
| 二軍監督 |
島谷金二
|
| 開幕投手 |
今中慎二
|
| |
| 観客動員数 |
2,090,000人
|
1試合平均 |
31,667人
|
1993年選手名鑑 |
投手成績 |
打撃成績 |
試合一覧 |
入退団選手 |
| 順 |
チーム |
試 |
勝 |
負 |
分 |
率 |
差 |
| 1 |
ヤクルト |
132 |
80 |
50 |
2 |
.6154 |
-
|
| 2 |
中日 |
132 |
73 |
57 |
2 |
.5615 |
7.0
|
| 3 |
巨人 |
131 |
64 |
66 |
1 |
.4923 |
16.0
|
| 4 |
阪神 |
132 |
63 |
67 |
2 |
.4846 |
17.0
|
| 5 |
横浜 |
130 |
57 |
73 |
0 |
.4385 |
23.0
|
| 6 |
広島 |
131 |
53 |
77 |
1 |
.4077 |
27.0
|
|
前年最下位を受けて迎えたシーズン。
開幕の阪神2連戦は1勝1敗。続く巨人戦は山本昌-郭源治-今中慎二で3連勝。
開幕15試合で、10勝5敗。10勝のうち5勝が完封。今中、山本昌は共に3勝0敗と最高の立ち上がりを見せた。
だが、いいことばかりは続かず、4月29日の阪神戦からは5連敗。
5月中旬と6月の初旬にもそれぞれ4連敗。
開幕直後から守ってきた首位から一気に最下位まで転落する。
だが、好不調の波が激しかった前半戦に比べ、球宴後は一気に好調の波に乗ることとなる。
信頼の置ける左腕2枚を中心にしたローテーション。
それ以外の試合は継投で勝機を見出す。6投手、7投手、時には8投手をつぎ込み、投手総動員体制で臨んだ。
8月15日の巨人戦から8連勝。
迎えた月末の天王山ヤクルト3連戦。初戦、2戦目を山本昌、鶴田泰で連勝し首位を奪還。
今中で挑んだ3戦目。8回を終わって2-1。リードは辛うじて1点。だが、9回表に池山に同点アーチを打たれ延長戦。 15回裏に無死満塁の好機を作るも内藤に三者三振に打ち取られ、残念な引き分けに終わった。
直後に連敗するも、9月7日広島戦から7連勝。
しかし、ヤクルトも8連勝、11連勝と負けない。差が縮まらないまま、9月下旬から10月初旬にかけて、立浪和義、落合博満、パウエルが相次いで死球により欠場。
最後の追い込みでこの欠場は痛かった。
投手陣は今中、山本昌でタイトルを総ナメ。
今中が最多勝、最多奪三振、沢村賞、ベストナイン、ゴールデングラブ。
山本昌が最多勝、最優秀防御率、最高勝率をそれぞれ獲得した。
ウェスタンリーグでは2年連続でリーグ制覇。小森哲也が37で盗塁王。北野勝則が10割で最高勝率。吉田太が15SPで最優秀救援投手のタイトルを獲得した。
(コマンチ@管理人:2003/10/11)