| 2003年(平成15年)-中日ドラゴンズ |
| 監督 |
山田久志
、佐々木恭介
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| 二軍監督 |
大橋穣
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| 開幕投手 |
川上憲伸
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| 観客動員数 |
2,336,500人
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1試合平均 |
33,400人
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2003年選手名鑑 |
投手成績 |
打撃成績 |
試合一覧 |
入退団選手 |
| 順 |
チーム |
試 |
勝 |
負 |
分 |
率 |
差 |
| 1 |
阪神 |
140 |
87 |
51 |
2 |
.6304 |
-
|
| 2 |
中日 |
140 |
73 |
66 |
1 |
.5252 |
14.5
|
| 3 |
巨人 |
140 |
71 |
66 |
3 |
.5182 |
15.5
|
| 3 |
ヤクルト |
140 |
71 |
66 |
3 |
.5182 |
15.5
|
| 5 |
広島 |
140 |
67 |
71 |
2 |
.4855 |
20.0
|
| 6 |
横浜 |
140 |
45 |
94 |
1 |
.3237 |
42.5
|
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キャンプイン前の1月11日、2年目の山田竜にいきなりケチがついた。
契約金6000万円、2年総額2億6000万円で契約したマーリンズのケビン・ミラーにレッドソックスが契約譲渡を申し入れ、獲得を断念するという事件がおきる。これは暗黙の了解であった日米の選手移籍問題に一石を投じることとなる。
開幕カードは巨人戦。その開幕戦、先発川上憲伸がいまひとつの出来だったが、6回に一挙5点を挙げ逆転。昨年1勝5敗と散々だった上原を攻略。最高の形でシーズンが明けた。
2戦目は朝倉健太で落とすが、3戦目はクルーズの3打点の活躍などで、 10-9と乱打戦を制する。
この勢いで、続くヤクルト、横浜、阪神と4カード連続で2勝1敗。
ミラーの代役として入団したアレックスは12試合で打率.372、3本塁打、9打点。守備でも強肩を披露し、チームの救世主となりえる存在であった。
4月23日の阪神戦から3連勝し貯金が6。首位をキープしたが、 26日のヤクルト戦は先発朝倉が8失点。続く小山伸一郎が13失点。計21失点と歴史的大敗を喫する。
そしてこの試合から29日、5月1日の広島戦サヨナラ負けを含め6連敗。一気に貯金を使い果たした。
この連敗中アレックスは打率.158、本塁打打点は0。 4番の調子がそのままチームに反映されてしまった。
その後は貯金3から借金1を行ったり来たり。 5月の大西の活躍(打率.418、7本塁打、15打点)や 6月8日の広島戦では福留孝介がサイクルヒットを達成するなど明るい材料もあったが、 4月の月間MVPの川上が5月13日の登板を最後に右肩痛でリタイア、朝倉も不振で二軍落ち後、右ひじ剥離骨折で戦力にならないなど投手陣に暗いニュースが多く 60試合を終わった時点(6月11日)で、30勝30敗。阪神はすでに11ゲーム上であった。
61試合目からも5連勝、3連敗、3連勝、3連敗と状況は変わらず。ファンの注目は立浪和義の2000本安打のカウントダウンに移っていく。その立浪は7月5日に2000本安打を達成。加えて 6月26日には1000得点と400二塁打を同時達成、終盤の10月7日に3000塁打、史上初の3ポジションでのゴールデングラブ賞受賞など今年は記録ラッシュであった。
シーズン後半戦が始まってすぐの7月22日。首脳陣と折り合いの悪かったギャラードがとうとう退団。ウェーバー公示され、後横浜が獲得する。
試合は、8月17日から4連勝し、貯金を最多タイの6とするが、 22日からは連敗、そのままずるずると落ちていき、9月2日からは5連敗。とうとう借金2。5位まで転落した。
その5連敗目の7日。山田監督がハーフスイングの判定を巡って猛抗議。審判の体に接触したことが暴力行為ととられ退場処分となった。
ここまでなら特記することもないのだが、次の試合の9日、ゲーム前に山田監督はなんと解任。本人も納得のいかない突然の解任であった。
佐々木恭介ヘッドが監督代行となり指揮を取ることになったが、 12日からの阪神戦は3タテを食らわし、名古屋での胴上げを阻止。
監督交代が発奮材料となったのか、9日以降は連敗なしの14勝5敗。最終的に今シーズン最多の貯金7で2位を確保した。
また、9月は平井が4勝を挙げ月間MVPを獲得。チーム最多の12勝をあげカムバック賞に輝いた。
優勝した阪神には15勝13敗で唯一の勝ち越しであった。
この年より前後期制となったウェスタンリーグでは、田上秀則が13本で本塁打王、バルガスが2.13で最優秀防御率、山井大介が9勝で最多勝、小山伸一郎が11SPで2年連続の最優秀救援のタイトルをそれぞれ獲得した。
(コマンチ@管理人:2004/02/14)