| 2005年(平成17年)-中日ドラゴンズ |
| 監督 |
落合博満
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| 二軍監督 |
佐藤道郎
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| 開幕投手 |
川上憲伸
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| 観客動員数 |
2,284,400人
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1試合平均 |
31,293人
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2005年選手名鑑 |
投手成績 |
打撃成績 |
試合一覧 |
入退団選手 |
| 順 |
チーム |
試 |
勝 |
負 |
分 |
率 |
差 |
| 1 |
阪神 |
146 |
87 |
54 |
5 |
.6170 |
-
|
| 2 |
中日 |
146 |
79 |
66 |
1 |
.5448 |
10.0
|
| 3 |
横浜 |
146 |
69 |
70 |
7 |
.4964 |
17.0
|
| 4 |
ヤクルト |
146 |
71 |
73 |
2 |
.4931 |
17.5
|
| 5 |
巨人 |
146 |
62 |
80 |
4 |
.4366 |
25.5
|
| 6 |
広島 |
146 |
58 |
84 |
4 |
.4085 |
29.5
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落合監督の2年目。掲げた公約は前年同様「日本一」。球団史上初の連覇を目指した。
シーズンは素晴らしい滑り出しだった。
開幕戦、川上憲伸と横浜三浦との投手戦をアレックスの満塁サヨナラ弾で決めると、翌日は、高橋光信が佐々木から逆転サヨナラ2ランで連勝。
開幕5戦目の神宮では、9回二死まで3点ビハインド、18三振の完封負けペース、マウンドには五十嵐。ここから福留四球、アレックスがライト前ヒットを放ち、続く代打森野が劇的な同点弾をライトスタンドに放り込み、延長の末勝ちを収める。
ウッズの加入した打線は厚みが増し、投手陣も調子がよく、チームは白星を積み重ねて行き、交流戦直前で20勝9敗の貯金11。2位阪神に5ゲーム差をつけていた。
だが、交流戦前の最後の試合、ヤクルト戦。ウッズがヤクルト藤井への暴行で10試合の出場停止処分となる。
4番がいなくなりチームの得点力が低下した状態で交流戦に突入。ウッズのいない10試合は完封負け3、総得点が22に落ち込んだ。
ウッズが戻ってきても勢いは戻らず、交流戦に入って5カード連続の負け越し。 6カード目、勝ち越しは必至と思われていた楽天にナゴヤドームでまさかの3タテを食らい貯金は1に減り、3位に転落した。
6月に入り、5連勝などで多少は持ち直すが、結局交流戦は15勝21敗の9位。セリーグでは5ゲーム差の首位から3ゲーム差の2位に入れ替わっていた。
不調だった交流戦が終わり、7月に入るとチームは俄然、上昇気流に乗り始める。
エース川上が絶好調。この月の登板4試合は4連勝。防御率0.61は文句なし。また、4番ウッズも打率.378で共に月間MVPを獲得した。
チームは12日の巨人札幌2連戦を昨年に続き大勝で連勝し、そのまま1分を挟み11まで連勝を伸ばした。
8月も好調は持続し、首位阪神を射程圏に捕らえる。
9日の阪神戦。5回の表終わってスコア1-7。敗戦濃厚であったが、その裏、打者13人の猛攻で一挙9点。エース井川を粉砕し、0.5ゲーム差に肉迫する。
31日の阪神戦。川上井川の投げ合いは、序盤より井川を攻略。4回までに7得点。守っては川上がなんとか踏ん張りここでも0.5ゲーム差に接近する。
だが、どちらの直接対決も翌日から連敗し、首位に立つことはなかった。
7月からフル回転の投手陣は9月に入るとかげりが見えてきた。
9月7日の阪神直接対決は、9回に2点を挙げ同点に追いつくも、延長を持ちこたえられなかった。判定を巡っての抗議も入り乱れ、後味の悪い試合となった。
結局、9月は黒星が先行し、ゲーム差は広がるばかり。阪神優勝が決まった後も負けが込み、最終的には2位ながら10ゲーム引き離されていた。
なんと言っても交流戦が痛かった。前年覇者でマークされたこともあるだろうが、セリーグとの対決と比べると、チーム打率が2分、防御率は1点以上も悪かった。
また、投手陣も不振であった。規定投球回を投げたのは川上一人。その川上も8月以降は1勝5敗。肝心なところで調子が上がらなかった。
その中で光ったのは岩瀬とルーキー中田である。
岩瀬は日本記録の46セーブ。堂々たる成績でチームの勝ち星の6割近くに貢献した。
ルーキー中田は、8月21日の勝ち以降6連勝を飾り、新人6連勝はチームタイ記録。来年に期待をつないだ。
打線もウッズの加入で得点力がアップ。そのウッズに引っ張られるかの様に、福留が出塁率1位、初の3桁打点。井端が自己最高打率とリーグトップの得点圏打率。荒木も自己最多盗塁を更新するなど個々のレベルアップが顕著に現れた。
ウェスタンリーグでも阪神に次いでの2位に終わった。
(コマンチ@管理人:2006/01/24)