強竜打線の主役~4番打者列伝~

4番打者。打線の主役であり、打者一掃の任を担う打線の核でもある。

Dragons Hot-News Express の管理人、竜くんより 掲示板でリクエストいただきまして今回のコラムは作成いたしました。 ありがとうございます。

リクエスト内容にもありました、 巨人などによくある「第○代目の4番打者」ですが、 ドラゴンズの資料等を探して見ましたが、ちょっと見当たりませんでした。。
昨年(2002年)は立浪、高橋光、渡邉、リナレス、谷繁が初めてドラゴンズの4番に座りました。
4番打者の○代目情報をお持ちの方いらっしゃいましたら、教えていただきたいです。 またはこの本に載ってますよでもかまいません。 ぜひ情報、ご連絡ください。

1950年代
1950年代は西沢道夫が4番打者であった。
年によっては、野口明、服部受弘、杉山悟、児玉利一が4番に座ったが、 大半は西沢が努めた。
だが、西沢に関しては3番打者の印象の方が強い気もする。

1958年に東京六大学のスラッガー森徹が入団すると、 翌年には4番に定着、本塁打王を獲得した。

1960年代
森徹は、1年遅れて入団した江藤慎一とはそりが合わず、4年でトレードされてしまった。
首脳陣が選らんだ江藤が1960年代不動の4番として君臨。 2年連続の首位打者などで活躍した。

1970年代
その江藤もチーム内のゴタゴタで退団、 1970年に4番に座ったのは助っ人ジョン・ミラーであった。 打率は低かったが在籍した3年間の打点は3年ともチームトップだった。

1974年からは5年間在籍のジーン・マーチンが4番。
空いたシーズンを埋めたのは井上弘昭や大島康徳であった。

最近8年間の4番出場者
年度名前出場回数
1995年パウエル92
大豊21
山崎武10
ホール7
1996年パウエル126
山崎武4
1997年ゴメス70
パウエル56
山崎武10
1998年ゴメス97
山崎武36
井上3
1999年ゴメス133
山崎武1
河野1
2000年ゴメス119
山崎武16
2001年ゴメス84
山崎武26
ティモンズ14
大豊10
福留6
2002年ゴメス66
立浪63
リナレス4
高橋光3
渡邉3
谷繁1
1980年代
1980年代前半は代打稼業から脱皮した大島康徳と谷沢健一が年によって入れ代わり立ち代り4番を努めた。
後半になってケン・モッカ、ゲーリー・レーシッチが努める。 そして1987年に球界の4番打者、落合博満が入団し、不動の4番となる。

1990年代前半
1993年までは落合博満が努める。
その落合も1994年にFAで巨人に移籍すると、次に4番に座ったのはアロンゾ・パウエルであった。
スラッガータイプではないアベレージヒッターではあったが、この年から3年連続の首位打者となる。

1995年
新入団のホールが開幕4番であったが、即失格。 結局パウエルが昨年に続いて4番を努める。 パウエル以外では昨年本塁打王の大豊や、この年打撃開眼の山崎が努めた。

1996年
ナゴヤ球場最後のこの年、3回目の首位打者を獲得したパウエルがほとんどの試合で4番を努めた。

1997年
前半戦は昨年に引き続きパウエルが4番に座ったが、衰えからか打率は上がらず、 後半戦はこの年入団のゴメスが努めた。

1998年
山崎4番ゴメス5番の試合も何試合かあったが、ほとんどの試合はゴメスが努める。

1999年、2000年
昨年に引き続き、不動の4番となったゴメスが座った。

2001年
開幕4番は新外国人のティモンズ、しかしまったくの期待外れ。 山崎、大豊で4番を回すも振るわず、呼び戻したゴメスが結局4番として最多出場した。

2002年
6年目のゴメスが前半戦は4番を努めるも、ケガで途中離脱。 立浪が初の4番に座り、新たな可能性を見出した。
ちなみに、川上憲伸ノーヒットノーラン時の4番はリナレスであった。


4番だけではなく打線が固定されている事も大いにあるが、 優勝した年には必ずと言っていいほど信頼できる不動の4番がいた。

一昨年あたりから、4番打者も試合によってコロコロ変わっているイメージがある。
望むべくは4番打者の固定である。
個人的には生え抜きの和製大砲がいいのですが、期待は桜井、瀬間中ですかな。
やっぱり4番にはホームランで走者一掃できるパワーが欲しいなぁ。

最後に、燃えよドラゴンズで歌われている4番は以下の通りである。
マーチン1974、1977
井上弘昭1975
大島康徳1979
谷沢健一1982
落合博満1987、1988、1991、1993
山崎武司1998
ゴメス1999、2000、2002

(コマンチ@管理人:2003/05/17)