苦手意識~対広島列伝~

2003年シーズン、5月23日の対戦で敗れて広島戦8連敗の屈辱を喫した。
毎年毎年広島には弱い気がする中日。

昨年は14勝14敗のタイであったが、2000年は負け越し。 1990年代は6回負け越し、1回のタイ。
優勝した1999年も広島には負け越しており、完全優勝とはいかなかった。
過去には1978年から9年連続負け越しという記録もある。
対戦相手別通算勝率
チーム勝数負数分数勝率
巨人59374042.445
広島68863156.522
阪神71563329.530
横浜73359452.552
ヤクルト74157955.561
(2002/11現在)

2002年シーズン終了時点での通算成績(リーグ分裂後)も、 勝ち越してはいるものの、勝率は巨人を除けば一番低い。
1950年代、60年代は広島は万年最下位のお荷物球団であった。
お得意様の勝率がここまで下がっていることは、最近の対戦成績が どこまでひどいものかは想像に難くない。

だが、その広島とは蜜月関係が続いているような印象を受ける。
おそらくは現役時代、または監督になってからも親友として戦い続けていた、 星野仙一と山本浩二の関係だろうと思うがどうだろうか。

1974年にV9を阻み優勝した中日は、翌年も連覇を狙い好スタートを切ったが、 広島とのデッドヒートの末、初優勝をさらわれた。
1984年は30本カルテットを擁し前半戦を首位で折り返すも、 最後の最後に広島の底力に屈した。
1991年も首位で球宴に入り、後半戦も首位を快走していたが、 9月に入って失速。広島に優勝を献上した。

最近は構図が変わってきたが、私の記憶の広島戦といえば、 投手王国広島VS強竜打線中日のイメージが大きい。
北別府とか大野とか全然打てないと嘆いていたものである。
ためしに調べてみたが、 北別府は対中日歴代3位の52勝27敗の勝率.658。 大野も29勝15敗の勝率.659。
完全なる中日キラーである。

対するドラゴンズの広島戦勝数1位は山本昌である。
38勝26敗(2002年シーズン終了時点)で歴代7位。
ただ、近年の対戦成績は下降気味である。
その後、9位31勝の杉下茂、21位25勝の小川健太郎、26位24勝の星野仙一と続く。

中日の投手でノーヒットノーランを広島相手に達成した選手はまだいない。
逆に広島相手に献上したのは、2度。
1971年8月19日、ダブルヘッダー第2試合の藤本和宏と、 1999年5月8日の佐々岡真司。
佐々岡のノーヒットノーランは優勝した年でもあり記憶に新しいだろう。

蜜月関係を象徴するものとして、トレードがある。
1980年代までは全く広島とのトレードはほとんど行われなかった。

リーグ創成期、広島のエース長谷川良平は契約問題の不備から 地元中日への移籍を希望したが結局認められなかった。
実質のトレードは後に山本浩二と激しい首位打者争いとした井上弘昭を 獲得したぐらいである。

それが、広島が山本体制となってから変革する。
1988年暮れに2対2トレードを敢行。
翌々年には長嶋清幸と音、山田の1対2トレードが行われた。
このトレードは星野・山本間では期限付きのトレードだったとの噂もあり、 実際、星野2次政権誕生時には二人とも戻ってくることとなる。

近年では紀藤と鶴田のトレードが挙げられる。
両投手とも現在はチームのローテーション投手として活躍している。

打撃に関しては、大豊泰昭が1994年に対広島戦で達成した、 カード別本塁打数18本の日本記録がある。

ここ最近では広島に分が悪いのは確かだが、 中日ナインには苦手意識は持たずに 今後も戦って欲しいと節に願うものである。


広島戦主な出来事
場所出来事
71.08.19広島藤本和宏にノーヒットノーランされる
75.09.10広島乱闘がらみのゲーム終了後。ファンがグラウンドに なだれ込み中日ベンチを
襲撃。10人の選手・コーチが最大全治10日の負傷。
87.06.13広島衣笠連続試合出場世界記録
89.06.20中日の攻撃で1イニング2併殺の珍記録
91.04.10ナゴヤ森田幸一プロ初打席本塁打
95.07.30広島中日、9点差を大逆転勝利
99.05.08広島佐々岡真司にノーヒットノーランされる
03.06.08ナゴド福留孝介サイクルヒット達成。

(コマンチ@管理人:2003/06/08)
(コマンチ@管理人:2003/06/15修正加筆)