チームの武闘派たち~ドラゴンズ乱闘史~

2005年5月5日ナゴヤドームでのヤクルト6回戦5回裏。 4番タイロンウッズがヤクルト藤井の投じた内角高めのストレートに 激高、藤井を殴打するという暴挙に出た。
少数ながら異論はあるが、どういう理由があるにしろ暴力に訴えることはいけないとの意見が ドラゴンズファンの間にも多数を占め、 当のウッズは10試合の出場停止、落合監督の発言も含め後味の悪い一件であった。

今回は両軍入り乱れての乱闘騒ぎとはならなかったが、 過去には武闘派とも呼ばれた監督の元、何度も乱闘騒ぎを起こした時代もあった。

1987年に就任した星野監督は、プレー中にミスがあろうものなら、 ベンチは蹴り上げる、扇風機は殴り壊す、湯のみは投げ割るなど 常に熱く燃えていた。
就任早々5月2日広島4回戦。 6回表の攻撃中、二盗した川又に達川から送球を受けた二塁手正田のタッチは 川又のみぞおちに入った。 ここから川又と正田の小競り合いが始まり、遊撃手高橋が川又を引き剥がそうとしたのを見て、 両軍ベンチからナインが殺到した。 中日ベンチから真っ先に飛び出したのは星野監督であった。 両軍入り乱れての乱闘劇は星野と広島伊勢コーチとの退場で収束を見た。 星野は球歴初の退場であった。(なんと星野の現役時代の退場はゼロ!)

その約1ヵ月後の6月11日。熊本での巨人12回戦。 有名なクロマティ殴打事件。 7回裏二死二塁、宮下の投じたデッドボールに怒ったクロマティが右ストレートで 宮下をノックダウンした事件である。
その後のまたもや両軍入り乱れての乱闘で星野は巨人王監督にもつかみ合い寸前であった。

星野の乱闘劇で一番有名なシーンがこの試合であろう。
1990年5月24日巨人戦。 槙原からバンスローへの頭部近くへの投球に対し、バンスローが怒った。 星野が主審に危険球の抗議をしている最中に巨人ベンチ松原コーチからの野次が飛んだ。 それに星野が切れた。 巨人ベンチに向かって「ちょっと来い!」の挑発。その後の大乱闘。 水野にビンタを見舞ったのもこの時であった。
この試合はまだ終わらず、クロマティに対する鹿島の頭部付近への投球をめぐって また乱闘劇。鹿島は危険球で退場となった。
オープン戦の西武戦で大立ち回りをしていたディステファーノもこの試合で退場している。

星野の元、岩本、小松崎などの血の気の多い選手もクローズアップされるようになる。
翌1988年9月9日広島20回戦。 先発長富が落合、仁村徹に当てた死球が元で大乱闘。 真っ先に飛び出した岩本に向けてセンター長嶋清幸が猛ダッシュで飛び蹴り。 岩本のユニフォームがボロボロとなり、岩本と長嶋が退場処分となった。
1991年4月17日ヤクルト2回戦では、ヤクルト投手バートサスの膝元への投球に小松崎が激高。 乱闘劇となり両者退場。 同年7月17日のまたもヤクルト戦で、山口幸二への死球に当時コーチとなっていた岩本が ヤクルト中西捕手に右フック、乱闘となり退場となった。

星野自身は1996年からの二次政権時は若い頃のような激しさはあまり見せなかったが、 選手はまだまだ熱かった。
1996年5月1日巨人5回戦。主役は山崎武司と球界の問題児巨人ガルベスであった。
ガルベスの頭部付近への投球に山崎が激怒。両軍入り乱れての乱闘劇となった。 ガルベス、山崎は退場となったが、この試合は巨人長嶋監督が処分に不服で32分の中断の後の提訴試合という 後味の悪い結末であった。

高木監督時代は、横浜ブラッグスが天敵であった。
1993年6月27日横浜5回戦では死球に怒り、津野に詰め寄り乱闘騒ぎの末退場処分。 1994年6月22日横浜12回戦でも死球に怒り与田に暴行。与田は全治2週間と診断された。

乱闘といえばファンは上記のように星野仙一を思い浮かべるだろうが、 それ以前から中日は血の気の多いチームであった。

1965年4月12日巨人戦。先発は気が強く野次将軍の柿本実。 長嶋茂雄へのきわどいシュートで転倒させたことで乱闘に発展した。 中日の退場者はいなかったが、巨人の退場者は当の長嶋ではなく、 これまた血の気の多い柳田と金田であった。

1975年9月10日広島戦(広島市民)は大騒動となった。
3点リードの9回裏広島の攻撃。2点を奪い1点差の二死二塁。 山本浩二のセンター前ヒットは当りがよすぎて中堅手ローンの好返球で 二塁ランナーは本塁憤死、試合終了となった。
最後の捕手新宅のタッチはランナー三村の顔面タッチとなり三村が転倒。 三村が激高し新宅ともみ合いとなった。
それに怒ったのが広島ファンだった。 先発星野仙が3死球していることもあり、 2000人がグラウンドになだれ込み中日ナインに襲いかかった。 山本浩、衣笠らが止めに入るも 結果、ローンがビール瓶で右手甲を殴られ負傷、星野、竹田、大島も負傷した。
翌日の試合は球場側が警備に自信が持てないとのことで中止となった。

乱闘劇というものを奨励することは不謹慎であろうが、 真剣勝負をしている以上起きてしまうこともまた不可避なのではないだろうか。
その時々で状況は違うであろうし、 今回のウッズ事件のようにファンとして苦々しい記憶となることもあるだろうが、 これも球団史の一つとしてコラムにしてみた次第である。

(コマンチ@管理人:2005/05/15)